イスラーム世界の多様性(GV)
学問の限界と本授業の立場
マックス・ウェーバー『職業としての学問』から引用:
「世界が神々や守護霊の支配を脱していなかったころ、人々はあるいはアフロディテに、あるいはアポロに、あるいはまたかれらの属している都市の守護神に、それぞれ供物を捧げたものであった。こうした神々を祀る態度には神秘的ではあるが内面的には本ものの姿勢があった。だが、この姿勢をもつ魔力と装いが脱落し去った現代でも、やはり―ただ意味が違うだけで―同様のことが行われている(ウェーバー 1980,55)」
「学問が把握しうることは、それぞれの秩序にとって、あるいはそれぞれの秩序において、神にあたるものはなんであるかということだけである(ウェーバー 1980,55)」
- それぞれの人は、価値から自由ではなく、人生における価値を選択せざるを得ない
- 学問は、それぞれが選びだした分析対象や志向対象の説明しか与えることしかできない
※教室に政治的な主張や党派性を持ち込むものではないということも言及されている
⇒教える個人も価値を選択せざるを得ないが、立場を示し、その立場から説明するとどうなるかを教える必要がある
この授業で行うことと、立場
- 日本とは異なる価値体系を持つ、イスラームの考え方の基礎を提供する(用語や概念等)
- イスラームという立場から、人間社会の様々な営みを論じる
※イスラームという立場から研究する場合でも、宗教の濃淡や焦点を当てる場所によって、立場はさらに研究者毎に細分化される
立場について批判的に考えること
エドワード・サイード『オリエンタリズム』から引用:
「オリエンタリズムの複数の意味あいのうち、もっとも広く一般に認められているのは、学問に関係するものである。(中略)オリエントの特殊な、または一般的な側面について、教授したり、執筆したり、研究したりする人物は―その人物が人類学者、社会学者、歴史学者、または文献学者のいずれであっても―オリエンタリストなのである。そして、オリエンタリストのなす行為が、オリエンタリズムである(サイード 2023, 20)」
「ミシェル・フーコーの『知の考古学』および『監獄の誕生―監視と処罰』の中で説明されている言説概念の援用が、オリエンタリズムの本質を見極めるうえで有効だということに思い至った。(中略)オリエンタリズムがそれほどまで権威ある地位を獲得した結果、人は誰でも、オリエントについてものを書いたり考えたり行動したりする際に、オリエンタリズムが思考と行動に加える制限を受け入れざるをえなかった(サイード 2023, 21-22)」
「詩人であれ学者であれオリエンタリストとは、オリエントに語らせ、オリエントについて記述し、オリエントの秘めたるものを西洋のためにあばく人間だという事実、すなわち外在性こそがオリエンタリズムの前提条件なのである(サイード 2023.58」
「バートンは、オリエントに住まい、実際にオリエントを目にし、そこに浸りきっている人間の視座からオリエントの生活を理解しようと真摯な努力を重ねることによって、オリエントに関する知識を獲得した。(中略)バートンの散文においてすら、我々は、決してオリエントを直接与えられることはない。オリエントに関することごとくが、バートンの学識豊かな(しかも往々にして好色に傾く)介入を通じて我々のもとに提示されるのである(サイード 2023, 447-448)」
- オリエントという空間を外から規定して、分析してきた伝統が西洋にある
- オリエンタリズムという言説によって、オリエントと見なされてきた中東に対する見方も影響を受けてきた
- 西洋の東洋学者は、オリエントという見方をオクシデント(西洋)向けにしてきた
- 引用されるオリエントは実際のオリエントではなく言説のオリエント
⇒西洋の東洋学者が行ってきた研究がオリエンタリズムという学問伝統や立場によって、行われてきたことを主張した(既存の学問に対する批判)
日本におけるイスラーム研究
オリエンタリズムに陥らないように注意しつつ、現場や臨地などの現地から現地を語る研究が行われて来た(臼杵 2004, 159)
その流れで、イスラームからイスラームを語るという立場を取られることも多い
留意点
異なる立場や価値体系を明らかにした点でサイードの主張は重要であるが、サイードが取る立場から論じることも批判的に考えなければならない
例:
- サイードはオリエンタリズムでフーコーを引用しているが、果たして引用方法や文脈が適切か?
- 適切だったとしても、現代においてフーコーの立場を分析に当てはめるのは不備が生じる可能性はないか?
- [あえてオリエントという言葉を使用するが]オリエントの地域からオリエントを見るという立場を新たに提示しても、見落とされてしまう事象も多いのではないか?
批判的に物事を分析し、どのような立場で説明するか意識することが重要
大学で学問をすること
- 大学において真理を学ぶこと、人生を幸福にする手立てを得ることはできないかもしれないが、いままで保有していなかった異なる価値体系や立場を知ることはできる
- 大学で学んだ立場によって、現在持っている価値や立場を比較し、人生における選択肢を広げることができる
- 異なる立場の人に対して、特定の立場や己の立場の説明を与えることが可能
- 未知のものに対して理解するきっかけを持つことはできる
レポート課題
内容と文字数
- 授業で登場したイスラームに関する用語を1つ以上レポートに含めて論じる
- 登場したトピックでなくても、各自が学部で学んでいることをテーマにしてもよい
⇒関心のあることを書いてください。イスラームという素材は渡しますが、それを好きな風に調理していただければ問題ない
- 文書作成はChatGPTなど活用できるものは活用してもらってかまわない。ただ、提出された文章については責任を持つ
- 字数は1200字から4000字(字数の多さが直接評価に影響するわけではない)
- manaba+Rから提出
この授業におけるレポートの評価ポイント
- 論題の理解と焦点化(6割)
- 引用と参考文献の適切さ(4割)
1. 良いレポート:
- レポートの冒頭で、与えられた論題を明確に述べ、その重要性や背景を簡潔に説明している
- 論題に対する著者の立場や考えを明示し、レポート全体を通してその視点を一貫して維持している
- 論題に直接関連する内容に焦点を当て、無駄な情報を含めていない
1. 悪いレポート:
- レポートの冒頭で論題が明確に述べられておらず、何について書かれているのかわかりにくい
- 著者の立場や考えが不明確で、論題に対する一貫した視点が見られない
- 論題から大きく逸脱した内容が多く、焦点がぼやけている
1. 中間にあたるレポート:
- 論題は述べられているが、その重要性や背景への言及が不十分である
- 著者の立場や考えが明示されているが、レポート全体を通して一貫性がやや欠けている
- 論題に関連する内容が中心ではあるが、時折脱線した内容が含まれている
2. 良いレポート:
- 信頼できる情報源から適切に引用し、引用部分とオリジナルの記述を明確に区別している
- 参考文献一覧が適切に記載されている
2. 悪いレポート
- 引用が不適切であったり、引用元が明示されていなかったりする
- 参考文献一覧が不完全または欠如している
2. 中間にあたるレポート:
- 引用は行っているが、引用元の信頼性が十分に吟味されていない
- 参考文献一覧の記載方法に一部不備がある
仮に「美味しいカレーの作り方」という論文があるものとして、説明する
論題の理解と焦点化
良いレポート
- 「美味しいカレーの作り方」という論題を明示し、カレーの歴史や文化的背景に簡単に触れながら、美味しさの重要性を説明している
- カレーの美味しさを決定する要因(スパイスの選択、食材の組み合わせ、調理法など)に着目し、それらについて詳細に分析・議論している
- レシピや調理のコツなど、美味しいカレーを作るための具体的な方法に焦点を当てている
悪いレポート
- レポートの主題が「美味しいカレーの作り方」であることが明確に示されておらず、読者が論題を理解しにくい
- カレーの美味しさに直接関連しない内容(カレーの栄養価、世界のカレー料理の種類など)に多くの紙幅を割いている
- レシピや調理のコツに関する情報が少なく、美味しいカレーを作るための具体的な方法が読者に伝わりにくい
中間のレポート
- 「美味しいカレーの作り方」という論題は述べられているが、カレーの背景や美味しさの重要性についての説明が不十分である
- カレーの美味しさに関連する要因について述べているが、それぞれの要因の重要性や相互関係の分析が浅い
- レシピや調理のコツに言及しているが、具体性に欠ける部分がある
引用と参考文献の適切さ
良いレポート
- 信頼できる料理書、有名シェフのレシピ、専門家へのインタビューなどを収集し、それらを効果的に活用してカレー作りの秘訣を体系的にまとめている
悪いレポート
- 作者がどういう背景の人物か特定できない、Youtubeの「ゆっくり解説」のカレーの作り方しか引用してなかったり、作者不明で校閲の入っていない怪しい自費出版本から引用している
- 信頼できる引用元から引用している場合でも、本の情報が示されておらず、他の人がそこにたどりつけない
中間のレポート
- いくつかの料理本やウェブサイトを参考にしているが、情報源の信頼性に欠ける部分がある
- 示された情報を見ても、情報不足によりすぐに本やウェブサイトにたどりつけない
授業内容やレポートに関する質問方法
- 最後の15分は質疑応答
- 最初の15分フィードバック
授業で取扱っているトピックについての質問でもいいですし、取り扱っていないイスラームに関する質問でも可能。授業内に関する反論や、取り扱って欲しいトピックをおっしゃってくれてもいい
私の持っている時間は限られていますが、何か質問ください。(余裕がないときは、基本的に土日に返信を行います)
イスラーム世界の学問
10世紀における学問区分
アラブの学問 = 法学、神学、文法学、書記学、詩学と韻律学、歴史学
アジャムの学問 = 哲学、論理学、医学、数学、幾何学、天文学、音楽、機械工学、錬金術(佐藤 2011,62-63)
- 法学はイスラームにおいて過去から現在に至るまで広く主要な地位を築いてきた
- 12世紀以後、倫理の学としてスーフィズムも入る
学問で重視されること = 読誦、暗記、師につく(谷口 2011, 29)
伝統的にイスラームを対象にする学問例
- 文献学(歴史学、文学、思想研究を含む)
- 地域研究
- 文化人類学
研究の対象地域
- イスラーム圏の国:中東だけではなく、東南アジア、南アジアからアフリカまで
- イスラームが少数派の国:中国、ロシア、インドなど
研究の事例
- イスラーム急進派のメディア戦略
- マグリブにおけるのスーフィズム
- インドネシアにおける聖者信仰
- イスラーム復興運動の源流としての南アジア
日本において、イスラームに関係する出来事
- 大東亜共栄圏と近代の超克論
- 石油危機
- 2001年の同時多発テロ
- アラブの春とISISの台頭
本日参照にした文献
- ウェーバー,マックス(尾高邦雄訳) 『職業としての学問』 岩波書店,1980.
- 小杉泰、黒田賢治、二ツ山達朗編 『大学生・社会人のためのイスラーム講座』 ナカニシヤ出版,2020.
- 小杉泰、林佳世子、東長靖編 『イスラーム世界研究マニュアル』 名古屋大学出版会, 2008.
- サイード,エドワード・W (今沢紀子訳) 『オリエンタリズム 上』 平凡社,2023.
- サイード,エドワード・W (今沢紀子訳) 『オリエンタリズム 下』 平凡社,2023.
- 佐藤次高『イスラーム―知の営み―』(イスラームを知る1 )山川出版社,2011.
- 臼杵陽「オリエンタリズムと地域研究--エドワード・W・サイードの逝去に寄せて」『地域研究 : JCAS review 』6巻1号(人間文化研究機構国立民族学博物館地域研究企画交流センター),2004,pp.153-164.
- 谷口淳一『聖なる学問、俗なる人生―中世のイスラーム学者―』(イスラームを知る2) 山川出版社,2011.